研究紹介

 

中間圏大気重力波の研究

  1. 地球の重力が主役を果たす大気の振動を“大気重力波(AGW)”と呼びます. 様々な過程で発生した対流圏のAGWは, 波動として上層へと伝搬してエネルギーと運動量を輸送し, 上部中間圏で砕波して背景の風系を変化させ,ひいては地球大気の循環に影響を与えています.高度80~100 km付近の上部中間圏における大気力学過程を知るには, そこでの大気波動の性質を観測的に調べることが重要です. 私達は, 国内だけでなくオーストラリアやインドネシアに設置した全天カメラを用いて, AGWの統計的性質とそれらの地域による違い, AGWが運ぶ運動量などの研究を行っています.

オーロラの研究

  1. 太陽活動が活発な時期には太陽フレアが多発し, 電離圏・熱圏は嵐に巻き込まれます. その結果, 北海道では赤いオーロラが観測されることがあります. 私達は, 日本のような低緯度でも観測されるオーロラの生成機構についての研究を進めています. また,カナダやロシアに全天カメラを設置し,極域オーロラの発生に関わる物理機構を解明するための研究も行っています.

ジオスペースデータ同化の研究

  1. 近年、シミュレーションとデータをつなぐ新しい手法としてデータ同化(Data Assimilation)が注目されています。データ同化は、時空間観測データとシミュレーションモデルを統合し、適切な初期値やパラメータ等を実際の現象をなるべく再現するように決める作業です。データ同化を通して、観測データからだけでは知ることのできない様々な物理量の時間・空間変動を推定することが可能になります。私たちは、人工衛星や地上観測によるデータ解析研究、シミュレーションコード開発研究に加え、データ同化コードの開発を進めています。また、データ同化から推定されたパラメータの変化を理論的に検証することも行っています。

  1. 電離圏のプラズマは激しい乱流状態になることがあります. 私達は大型レーダーを使って乱流の研究を行っています. 強力な電波を上空に発射し, 乱流プラズマで散乱されたレーダーエコーを調べることにより, 乱流の生成機構や無線通信などへの影響を知ることができます.また, 南北極のオーロラ帯に多数設置されている大型短波レーダーを用いて,高緯度電離圏内のプラズマの運動の研究も行っています.

  2. さらに2006年11月には北海道陸別町に大型短波レーダーを設置し,継続的な観測を行っています.このレーダーは,従来から観測空白域となっていた北海道から東部シベリア,アラスカに至る広範囲の電離圏や下部熱圏を探査することができる世界的にもユニークなものであり,中緯度電離圏と高緯度電離圏が力学的・エネルギー的にどのように結合しているかを研究するための新しい観測手段となります.

  3. この新しいレーダーを用いて,私達は中緯度電離圏におけるMSTID現象や,中緯度から高緯度にいたる電離圏内のプラズマ運動の変動に関するデータを日々取得し,他の観測データとあわせて広域にわたる電離圏・熱圏におけるエネルギー輸送過程の研究を行っています.

赤道域電離圏擾乱の研究

  1. 磁気赤道付近の電離圏に見られる特異な現象の一つが, 太陽活動が高い年の春秋に発生する“プラズマバブル”です. これは, 日没後の下部電離圏に発生した電子密度の“穴(バブル)”が時間とともに成長しながら高々度へと広がる現象です. この現象が注目を集める理由は, バブル生成に関わる物理過程の複雑さ(面白さ)と, バブルが衛星通信や衛星測位の障害の原因になることです. 私達は,鹿児島県佐多とオーストラリア・ダーウィンに設置された全天カメラにより, 赤道上空で最高々度が1700kmにも達する巨大なプラズマバブルの観測に初めて成功しました. 両地点で観測されたバブルの構造は非常によく似ており, バブルが地球磁力線に沿って南北に延びた構造をしていることが分かりました.バブルの生成過程には未だ多くの謎が残されており, 私達は, バブルに絡んだ諸現象を解明するため, 赤道直下のインドネシア・スマトラ島のコトタバンに観測拠点を設け,全天カメラ, GPS受信機, VHFレーダー, 磁力計などを用いた連続観測を行っています.

GPS TEC

630 nm emission

☝ 日本列島上空の北東から南西へ伝搬するMSTID 、同じ時刻の大気光観測(左)とGPS観測(右)

☝ 鹿児島県, 佐田(左)とオーストラリア, ダーウィン(右)の大気光全天カメラで同時に観測された, 南北半球の対称性が非常によいプラズマバブル(暗い部分)

全天カメラがとらえた高度96km付近の夜間大気光高度の2次元分布. AGWによる構造が見える. ☟

カナダで観測されたオーロラ

☝ ジオスペース放射線帯の電子量の緯度(縦軸)・経度(横軸)変化のシミュレーションと観測データ同化した結果

☝ 上部中間圏から熱圏(電離圏)高度におけるプラズマ・中性大気現象

中・高緯度電離圏擾乱の研究

  1. 電離圏・熱圏にはいろいろな空間波長を持つ波動が昼夜の別なく存在しています. 特に, 波長が150~500 kmの波動を“MSTID(中規模伝搬性電離圏擾乱)”と呼びます. 私達は, 夜間大気光(高度80~300 kmの大気が夜間に発光する現象)を測定するための全天カメラを国内の4点とオーストラリア、インドネシア、カナダ、ロシアに設置しています. MSTIDが存在すると大気光強度の空間分布に濃淡構造が現れます. 大気光強度の観測から電子密度の水平面2次元分布が分かります. 一方, 高度約2万kmを飛翔するGPS衛星が発射する2周波の電波を地上で受信すれば, 同様な電子密度の2次元分布を知ることができます. 私達は, 国土地理院が全国に有する1200以上のGPS受信機で得られるデータと全天カメラで得られるデータを併せてMSTIDの研究を行っています. その結果, 夜間のMSTIDは南西方向伝搬すること, その発生には電気力学過程が重要なこと, MSTIDが地球磁力線で繋がった南北両半球で同時に発生することなどが分かってきましたが, MSTIDの源やMSTIDが電離圏・熱圏の力学やエネルギー収支に果たす役割などは不明です.