●はじめに 2007年春、2部門の塩川先生から、南極点に出張に行ってもらえないかと言われた。 はじめ、冗談だろうと思いつつ、太陽研に来て間もない新人という立場から、断る選択肢はなく、 「はい、頑張って行ってきます」と勢いよく言ってしまった。 しかし、現実に南極点に行けるとは思わなかった。昔、植村直己という冒険家の本を読んだ。 彼は、南極を犬ぞりで横断しようとした(諸事情で実現しなかったのだが)。そのイメージが 強すぎたので、南極には交通手段が犬ぞりしかないと思っていた。南極点まで犬ぞり?…超ハード な出張になると思った。 実際に一緒に行く先生は、高等研究院の海老原先生(現・京大RISH)だ。目的は、南極点にある アメリカのサウスポール基地にオーロラ観測用全天カメラを設置することだ。そもそも南極点に基地 があることさえ知らなかった。 海老原先生と情報交換している内に、南極点には飛行機で行けるらしいことが分かってきた。そして、 日本から往復3週間くらいで行けるらしい。どうやら犬ぞりの訓練を受けなくても済みそうだ。しかも、 3週間で日本に帰って来られる。これなら南極点に行ってもいい、いやむしろ行ってみたいと思うよう になった。 南極点に行くのは、いろいろ手続きがいる。健康診断はしっかり受けさせられた。また、虫歯があっては いけないので、虫歯もしっかり治した。そして、親知らずも抜かないといけなかったが、これは海老原 先生がアメリカ側と交渉してくれて、事なきを得た。 2007年秋に、海老原先生と極地研に行って、サウスポール基地へ送り込む全天カメラの発送準備 をした。これであとは、われわれが南極点に行くだけだ。このとき極地研では、本年度の昭和基地に 行く隊員の壮行会をやっていた。場所は違えど、お互い頑張りましょうと密かに思った。 ●南極点への出張コース まず、ニュージーランドのクライストチャーチまで、十数時間かけて飛行機でいく。そして、クライスト チャーチの南極センターで手続きをし、防寒着に着替える。それから、アメリカ空軍の輸送機に乗って、 5時間かけて、マクマード基地に行く。マクマード基地から更に輸送機を乗換え、3時間かけて、南極点 のサウスポール基地に行く。 ![]() ●クライストチャーチからマクマード基地へ 11/13、クライストチャーチからアメリカ空軍の輸送機に乗った。輸送機の中はほとんど荷物で、人は 壁際で簡易椅子に座る。海老原先生によればこれはまだいい方で、混んでいるときは、前の人と膝を 交差させて座ることもあるらしい。 クライスチャーチを飛び立って、3〜4時間くらい経ち、軍人さんのはからいで、コックピットからの景色を 見せてもらえることになった。そこで早速コックピットに上がった。 そこは、一面流氷が覆っていて、しばらく経つと氷河らしきものも見えてきた。 日本を発ってまだ3日しか経っていないが、本当に南極に来たんだ、という実感が湧いてきた。 (流氷) (氷河?) クライストチャーチ出発から5時間くらい経って、マクマード基地に着陸するというアナウンスが 流れた。マクマード基地の飛行場は海上にある。海が凍っているのでそこを飛行場にしている らしい。いよいよ南極着陸ということで、緊張感が高まってきた。防寒着をきちんと着て、シート ベルトをしっかり締めて、着陸にそなえた。 着陸時、かなりの振動があったが、なんとか輸送機が止まってくれた。 いよいよ、輸送機のハッチが開いて南極に降り立つ。そこは… 本当に海の上だった。 近くの丘の上にマクマード基地が見える。しかも思ったより寒くない。そばにマクマード基地行きの バスが待ってくれていた。早速バスに乗りこみ、マクマード基地に向かった。 ●マクマード基地 マクマード基地は南極大陸のロス湾のロス島にあるアメリカの基地だ。南極点を挟んで昭和基地とは だいたい反対側に位置する。緯度は昭和基地より若干高い。夏の季節(日本の冬季)は、居住者が 1000人を超す。そして、海の氷も解けて、船が物資を輸送するようになるらしい。夏でも植物はほとんど 生えず、かろうじて苔が生える程度だ。私が滞在している間も人間以外の生物を見たのは、トウゾク カモメという大きな鳥だけだ。こんな凍った海で何を食べて暮らしているのだろうと思った。 マクマード基地は、基地というより町に近い印象だ。すでに雪が解けたどろどろの道路を歩いていると、 東北地方の田舎町を歩いている気分になった。気温もそれほど低くはなく、慣れてくるとジーパンで 外を歩いていた。 (基地内風景) (マクマード基地全景) 施設も充実している。食堂は広く、バイキング形式で食べ放題。その他、売店、散髪屋、ジム、ATM、 ボウリング場まである。ATMは地球で最も南にあるものらしい。飛行機の待ち時間にボウリングに チャレンジしてみたが、隣のレーンのアメリカ人が結構ノリが良く、面白かった。ボウリング場の運用は 手動で、レーンの後ろで人が待機していて、ピンを倒したらいちいち拾ってくれる。料金は寄付でいいの だが、思わず多めに支払った。 マクマード基地初日は曇っていたが、何日かの滞在で晴れた日もあった。晴れるとロス湾の風景が 美しい。 (海の上の飛行場) (エレバス山) ●マクマード基地からサウスポール基地へ 11/14、いよいよサウスポール基地へ出発する。輸送機は更に小型になった。搭乗人数は10人くらい。 機内は軍用機らしく、最低限の機材しかない。マクマード行きと同じく、壁際に人が座り、個人の荷物を 真ん中のスペースに固定した。 雲が多く、南極大陸の状況はよく見えなかったが、何個か山脈を越えたようだ。3時間後、サウスポール 基地に到着するアナウンスが流れた。いよいよ南極点に降り立つ。海老原先生に、寒いので完全装備 にしてくださいと言われた。防寒着を完全装備にして着陸を待つ。かなりの振動のあと、輸送機が止まった。 しばらくしてハッチが開くと、猛烈な寒気が流れ込んできた。スタッフに早く降りなさいとせかされながら、 あわてて輸送機を降りた。輸送機のプロペラの風が顔にあたって猛烈に寒い。すぐに鼻が痛くなって、 たまらなくなってきた。よく考えると完全装備のはずが目出帽をしてなかった。鼻を手袋で押さえながら、 サウスポール基地へ急いだ。 ●サウスポール基地 正式名称をアムンゼン-スコットサウスポール基地という。文字どおり南極点のそばにあるアメリカの 基地だ。一見、平らな雪原が広がっているようだが、南極の氷床の厚さの為、高度が2800mもある。 滞在時の外気温-40℃、湿度0%。冬季は-80℃にもなる。-40℃でも10分も外にいれば、まつ毛が 凍ってくる。サウスポール基地は、科学観測拠点としての意味合いが大きいようだ。今回設置する オーロラ用全天カメラ以外にも、低湿度を生かした巨大な電波望遠鏡や、大気観測設備、地震観測 設備などがあった。夏季は太陽が沈まないため、3交代で土木関係スタッフが仕事をしていた。 また、マクマード-サウスポール間の飛行機は、実は一日6往復も便がある。夏季はかなり頻繁に 物資と人の輸送がされているようだ。 基地は近代的な作りをしていて内部の設備は充実している。気温は+20℃くらいあって、シャワー もあり、個室を与えられ快適だ。マクマード基地ほど大きくないが綺麗な食堂があり、売店、バスケット ができる体育館、バンドルームなどがあった。滞在期間中は約250人が居住していた。 (サウスポール基地) ![]() ●オーロラ観測用全天カメラの設置 約8日間の滞在の間、オーロラ観測用全天カメラの設置作業をした。設置は基地内の研究室の 屋上に穴をあけ(もともと天井が開閉できるような構造になっている)、その下にカメラを置くための 台座を作ってもらった。そして、室内の光が入り込まないよう、カメラを黒い板で覆った。これらの 作業は現地スタッフの大工のケビンにやってもらった。彼は既に何回かサウスポール基地にきたこと があるらしい。この設置作業の中で一番苦労したのは、室内外の温度差(60℃)と室内の湿度により、 全天カメラのガラスドームの内部が結露して、白く凍ってしまうことだ。最初は暖かい空気を送り込む など、試行錯誤したが、結局、室内の空気を強力なファンでガラスドームに吹き付けることで解決した。 この結露問題に手間取り、出発ぎりぎりまで作業をしていた。しかし、なんとか出発当日には、 全天カメラの動作確認も終わって、安心して帰れる状態になった。 (結露問題発生) (ドーム直下にファンを設置) (結露はなくなった) (設置した全天カメラ) ●南極点へ いよいよ南極点に出発する。といっても、基地から歩いて5分くらいのところにある。全天カメラ設置作業の 合間に行ってみた。 (南極点) 各国の国旗が並んだ真ん中に、ミラーボールが立っている。これが南極点かと思いきや、 本当の南極点は手前の白い看板の下にある。ミラーボールはモニュメントだった。 (本当の南極点) ポールの上に金の標識がついているのが、今年の南極点。そして、奥に去年と一昨年のポールが 立っている。南極の氷床移動のため、毎年10mほど南極点が移動する。 (南極点望遠鏡) 南極点の電波望遠鏡まで行ってみた。この極低温で望遠鏡の可動部がよく凍りつかないで動くなあ と感心した。 (飛行場) 基地飛行場。果てしなく雪原が広がっている。 基地の屋上から写真を撮ってみた。水平線にさえぎるものは何もない(手前は南極点)。 ●最後に 3週間弱の出張が終わり、無事日本に帰ってきた。短期の南極出張であったためか、未だに 夢幻であったかのように思う。そして南極の空の青さと透明感がとても印象的だった。 最後に、南極点出張という貴重な機会を与えてくださった、海老原先生と塩川先生に感謝します。 ※海老原先生のホームページ「南極点でのオーロラ観測」 |